平日コンテンツ

『いつまでも忘れない素敵なプレゼント』


【2010年 小倉記念】

 3歳の3月、阪神の芝1400m(12着)でデビューにこぎつけたものの、当初は雄大な馬体を持て余していたニホンピロレガーロ。使われて一変し、3戦目となった京都(芝1600m)を勝ち上がった。ただし、以降は10戦続けてダートを走り、その間に500万クラスを1勝したのみ。
 担当の西浦和良厩務員(服部利之厩舎)は、こう目覚める前の愛馬について話してくれる。
「激しい気性に邪魔され、なかなか軌道に乗れませんでしたね。それに、左前の蹄に負担がかかりやすくて。もともと調教は動きますし、ダート適性も見込んでいましたが、そんな弱点に配慮してのレース選択でした。装蹄に工夫をこらし、丹念にケアした結果、ぎくしゃくしがちな歩様も改善へ。大成が望める血統ですし、秘めた能力は相当なものがあると信じていましたよ」
 父はダービー馬のアドマイヤベカ。桜花賞やオークスを制したベガを母に、チャンピオンサイアーのサンデーサイレンスが配されて誕生した名血である。母ニホンピロポリーナ(その父ニホンピロウイナー)は2勝をマーク。繁殖成績は優秀であり、同馬の半兄にニホンピロサート(ガーネットSなど重賞を5勝)やニホンピロキース(6勝、小倉記念2着)などがいる。
 5歳3月になり、長めのターフを試すと急上昇を示す。ゆったりしたペースにも対応し、淡路特別はハナ差の2着。明石特別もアタマ差の2着に健闘した。続く白川特別で順当に1000万を卒業。夏場のリフレッシュ後、大原S(4着)、元町S(7位入線も8着に降着)を経て、万葉Sに格上挑戦すると、出遅れながらも長く伸び脚を駆使し、オープン勝ちを果たした。
「きっちり乗り込んだのに、阪神大賞典(11着)は不本意な内容でした。状態にかかわらず、休み明けはダメなんです。つかみにくい個性でも、この傾向だけははっきりしていましたね」
 大阪ハンブルクCを2着すると、新潟大賞典も2着。かつては一本調子だった脚質にも変化が表れ、鋭い決め手を発揮するようになった。目黒記念は6着に終わったものの、過酷な不良馬場のなかで後方に置かれながらも、懸命に追い込んでいる。
「レース中も着用させていたメンコをゲートで外してみたんです。その効果もあったのでしょうが、あんな脚を使えるのかと、目を疑いましたよ。まだ隠された一面があるんじゃないか、そんな予感がありました」
 球節に軽い炎症を起こし、8か月間のブランク。京都記念(12着)や阪神大賞典(13着)は後方のままに終わったが、豪快な差し脚を炸裂させて大阪ハンブルクCに優勝する。新潟大賞典でも3着し、7歳にして一段と充実してきた。
 3か月の休み明けでもあり、単勝19・7倍の9番人気で迎えた小倉記念。それでも、西浦さんは愛馬のうれしい変化を感じ取っていた。
「運動中はしきりに立ち上がりますし、蹴られたり、噛まれたり。何度も痛い目にあってきましたが、ようやく大人になり、すべきことを理解しつつありましたね。肉体も一段とたくましくなり、旺盛な闘争心とうまく合致するようになっていた。意外性が特徴でも、これは確かな事実。もしかしたらと思っていました」
 前半は無理をせず、中団でマイペース。3コーナーで小倉巧者のバトルバニアン(2着)が進出を開始すると、外から被せられるかたちで同馬もスパートする。直線に入っても馬体を併せたまま、熾烈な攻防が繰り広げられた。最後の最後でハナ差だけ凌ぎ、待望の重賞制覇を成し遂げた。
 さらなる前進が期待されたニホンピロレガーロだったが、硬い馬場で全力を尽くした反動は大きく、左前に屈腱炎を発症。翌年の金鯱賞(15着)を走り終え、引退が決まった。
「もっと走らせてあげたかった。でも、やるだけのことはしたつもりですし、馬もたくさんの『贈り物』(イタリア語でレガーロ)をくれました。ひと粒で2度おいしいどころか、3度も4度も。あの馬には驚かされることばかりでしたよ。巡り会いに感謝するしかない。初めて重賞の喜びを味わえた小倉記念のワンシーン、ワンシーンを一生忘れないと思います」
 


第46回 小倉記念GⅢ
1着ニホンピロレガーロ 牡7 56 酒井学  服部利之
2着バトルバニヤン   牡6 57 和田竜二 池江泰郎
3着スマートギア    牡5 57 武 豊  佐山優

 単勝  1,970円
 枠連  1,040円
 馬連  8,960円
 馬単 21,410円

3連複  15,830円
3連単  124,130円




Copyright © 2006 WORLD, Inc All Rights Reserved.
このサイトに掲載の記事・写真・映像などの無断複製、転載を禁じます。すべての著作権はWorldに帰属します。

前のページへ戻る

PAGE TOP