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職人気質の貴重なジョッキーがまた一人居なくなってしまった


関東は中山の代替で新潟が開催されている関係で、まだまだ夏競馬の延長戦な雰囲気はあるが、日の出が遅くなり調教開始時間は6時に。気候もすっかり秋の気配が漂ってきたが、競馬の方も3歳クラシック最終戦、菊花賞トライアルも始まり本格的な秋競馬に突入してきた。

そんな今週、残念なニュースが報道された。とにかく勝負に拘る、勝つためにはどう乗ったら良いのか、そしてどう仕上げていけばいいのか、勝つための答え探り、そして数多くの「結果」を出してきた哲三(佐藤哲三騎手)が、とうとう鞭を置いた。

「佐藤哲三騎手と言えば…」の報道で、タップダンスシチーやアーネストリーが取り上げられるが、どうもしっくり来ない。確かに、共に佐々木晶三厩舎とのタッグで、あのシンボリクリスエスを破ったジャパンカップや、全盛期のゼンノロブロイをゴール寸前まで苦しめた有馬記念、インパクトのある競馬が多かったタップダンスシチー、そしてアーネストリーも、ブエナビスタ、そしてエイシンフラッシュ、ローズキングダム、ルーラーシップの最強世代と言われた面々を破り、悲願のGI制覇を成し遂げた宝塚記念と、取り上げられる理由は判る。しかし、哲三の真骨頂を見たのは、あのディープインパクトが勝った日本ダービーでのインティライミ。「ディープに勝つならコレしかない!」という玉砕覚悟の勝負騎乗、結果圧倒されてしまったが、安心しきっていたユタカ(武豊)を一瞬でも「ヒヤッ」とさせたことは確かだ。
そのインティライミは、厩舎縁の血統、屋台骨を支えたアンデスレディーの仔の中でも「クラシックを意識できる」とデビュー前から期待していた馬。当然、哲三もデビュー前から熱心に調教で跨っていた。ダービーも意識していただろう。「時計やレース振りを考えても、生まれた年が違えば間違いなくダービー馬になっていたはず。哲ちゃんはダービー・ジョッキー、晶ちゃんもダービート・レーナーになっていただろうに」と当時言われていた。
昨年、佐々木晶三調教師はダービー・トレーナーとなった。その栄光を掴み取った馬はキズナ、新馬戦で手綱を取っていたのは…そう、哲三だ。当時、「久しぶりに本気でクラシックが狙える馬だ」と、回りの者には話していたそうだ。あの事故さえなければ、これも間違いなく、ダービー・ジョッキーとなっていただろう。ユタカでも『画』になる勝利ではあったが、やっぱり哲三=晶三コンビでのダービー勝利を見てみたかった…

この1年半、いろいろな気苦労はあったと思う。新しい舞台でのご活躍を願ってやまない。


名前の出せない元JRA調教師

名前は出せないが父も調教師だった競馬一家。幼少期から身近に馬がいる環境で育ち、サークル内の表も裏も見てきた人物。現役当時、ココと決めたレースに向けた勝負仕上げには定評があり、若い調教師の兄貴分的な存在でもあった。今でも後輩調教師が教えを請いに訪れてくるという。昭和の時代の美浦トレセン開業当時も知る一人、「美浦で知らないことはない」という自他ともに認める美浦トレセンの生き証人でもある。現在もサークル内に非常に近い立場でその手腕を振るっており、現代競馬の事情や実情を、ある意味現役の調教師以上に知る人物でもある。



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